また弁当の話

大学の昼休みというものは案外短い。たった50分の間に頭を休め、3時限目の準備をし、食事を摂らなければならない。(もう○年生なのにそんなに講義詰まってるの?などといった疑義は勘弁して頂きたい)

そうした中、わざわざ大学の外へ食事に出る暇のない学生にとっては近くで売っている弁当が非常に心強い味方となる。

いわゆる学生街のど真ん中にあるこの大学では、近隣の食堂や弁当屋が許可を得て大学構内で弁当を売っている。昼が近づくと各々弁当を持ち寄って同じ校舎の同じホールでまとまって販売の支度を始めるのだ。いずれも300~400円台でその殆どが「白飯たっぷり・揚げ物どっさり・濃い味もっちゃり」といった学生のニーズに最適化された弁当だ。

そんな中で1店舗だけ、異色の弁当を売る人がいる。
それは近所の沖縄料理店を営む高齢の女性で、弁当には白飯ではなく玄米ご飯が詰められ、野菜が多く、タンパク源といえば卵か豆腐か少しの豚肉で、揚げ物が入っていることはまずない。それでいて値段は他の競合弁当屋に劣らない安さを誇る。
私も何度か食べたことがあるが、美味くて安くて健康的。親元を離れた男子大学生特有の乱れた食生活を思えば、たまにこういうものを食べるのもいいだろう。沖縄行きてえ。

ただ、この弁当は、いかんせん腹に貯まらないのだ。

弁当の量自体は腹を空かせた男子学生にも十分なのだが、生まれてこの方胃腸系の疾患に悩まされたことのない消化力旺盛な20代男性がわずかな対価で満腹感を午後の講義まで保つには、やはりその周辺で売っているガッツリとした弁当が必須である。

それは弁当売り場の行列にも如実に現れており、ガッツリ弁当は人気作家のサイン会が毎日行われているかのような長蛇の列で賑わうが、その玄米弁当に列ができることはまずない。かく言う私もガッツリ派である。

女子学生でさえもガッツリ弁当を平気な顔で平らげている人が多いのは質実剛健な校風によるところが大きいのかもしれない。なお私はその校風に最もそぐわないタイプの心身共に不健康な人間である。

 

先程も述べたが構内で弁当を売る近隣食堂弁当屋各位は同じ校舎の同じホールで横並びになって業務を行う。つまり大人気のガッツリ弁当屋に並んでいると、その列のできない玄米弁当屋がどうしても視界に入ってしまう。

おまけに少し背の曲がった主が在庫のなかなか減らない弁当を売りながら、ちらちらとこちら――ガッツリ弁当屋の列に目をやるのだ。
文字通り飛ぶように売れていくガッツリ弁当。たびたび売れ残る玄米弁当。

主は何を思うのだろうか。親元を離れて暮らす学生の栄養状態を憂いているのか。「たまにはこういうのも食べなさいよ」というメッセージをその視線に感じるのは自意識過剰な私の思い込みに過ぎないのかもしれない。それでも私はガッツリ弁当の列に並ぶことがなんだか居たたまれなくなってしまい、そのうちその弁当売り場に通うこと自体少なくなっていった。

今日も大学生協で売っている弁当を買った。欲しいものをレジに持っていくだけで済むシステムとは実にいいものだ。

今でも毎日のようにその弁当売り場の前を通る。相変わらずガッツリ弁当は飛ぶように売れ、玄米弁当はあまり売れていない。昼休みが終わる頃には商売道具といくつかの売れ残りを載せたカートを押して店に戻る主の少し曲がった背中をしばしば見かける。

 

明日はあの弁当を買ってみようと思う。

心身共に不健康な男子大学生になってしまったが最後、もはや後戻りのできないレベルではあるが、たまに玄米と野菜たっぷりの弁当を食べ、胃袋の微妙な満たされなさを感じながら身体だけ労ったような気になるのも悪くない。

 

たえかねてファミチキをトッピングしてしまうかもしれないがそこは沖縄特有の広い心で許してほしい。